トランスメディア提供アイコン01 楽しかった!北海道の思い出

ついでなので「YWAMチームとのアウトリーチ」でしたことも書いておこうかなと思います。

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3つのチームに分かれて3つの老人ホームを訪ねました。
YWAMメンバーは母国の紹介をした後、みんなで賛美数曲と「君は愛されるため生まれた」を歌いました。
この歌を聴いてある一人のスタッフは目に涙を浮かべてました。
おじいさん、おばあさんのほうでも歌を用意してくれていました。
歌ったのは「きらきら星」と「七夕」。懐かしいなぁ。
車椅子に座ったままずっと目を閉じてウーウー唸っているおじいさんもいたけれど、みんな楽しんでくれたみたいで良かったです。


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浦幌炭鉱へも行きました。
戦時中、ここには全国からの囚人のほか中国や韓国からもたくさんの人々が連れてこられ強制労働させられました。
あまりの労働の激しさに逃げた人たちの中には射殺された人もいたそうです。
多くの罪のない人たちの血がこの地で流されました。
その炭鉱へと続く道を僕たちは歩きました。
砂利道を歩きながら目を閉じると、「ザクッ、ザクッ、ザクッ」という足音が耳に聞こえ、まるで昔強制労働者たちが歩いていた時の足音を聞いているようでした。
YWAMメンバーの一人、シュライァは「この地に罪のない人々の血がしみ込んでいることを考えた時、その血が私たちに叫んでるように感じた」と涙を流しました。

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韓国を代表するミンジュ、中国を代表するカイル、ジェロームの前で僕たちは日本人の犯した罪を悔いあらためました。
普通に考えると「なにをそんな昔のこと?そんなことしたってただの茶番劇だ」なんて思われるかもしれない。
でもこれは僕たちにとってともて意義のあるものでした。
ミンジュの前で膝を地面に付き、顔を伏せてしばらく黙っていたアユミさんは突然「ごめんなさーい!ごめんなさーい!ごめんなさーい!」と何度も謝り始めました。その声は山を越えてヤマビコトとなってまた戻ってきました。その横にいた妹のハンナも泣き始めました。それは厳粛な空気ではあったけれど、その声が響くたびにこの地がなんかいやされているように感じました。僕や従弟たちもカイルたちの前に膝をついて許しを求める祈りをしました。そのあと、お互いにハグし合い和解をしました。
この小さな活動からなにか大きなことが始まるような気がしました。

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強制労働者が就寝していた建物。

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病院の跡地。雇われて働いていた人たちは給料も良かったので、ここには病院のほかにも映画館やバーのようなものもありました。

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田頭さんの家にもお邪魔しました。
電動さんは酪農家で、牛舎にたくさんの乳牛を飼っています。
自家製のチーズや牛乳、プリンをごちそうになりました。めちゃうまかったです。
ここでも「君は愛されるため生まれた」を歌いました。

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藁ロールの上で遊ばせてもらいました。

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モータースポーツまでやらせてもらっちゃいました。
バギーだけでなく、バイクも無免許で。笑
でも私有地内なので違法ではないですよ。

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みんなで集合写真~。

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田頭ご夫妻、ありがとうございました!またいつか会いましょ~。

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YWAMチームとの最後の夜。コンビニで花火を飼って花火大会。

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最後の集合写真。

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翌日妹たち2人と従弟たち2人は東京に帰って行った。


☆今日の聖書のことば
「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。愛は決して絶えることがありません。」
―第一コリント 13章4節~8節―
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by goodnews_wwjd | 2010-08-12 23:02 | 思い出

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